閉じられた海図

古川 薫著

間宮林蔵

吉村 昭著


石見文学散歩目次

女 優
花 神/浜田騒動
閉じられた海図/
間宮林蔵
女 優 X
終 焉
イルティッシュ号の来た日
七人の吉右衛門/
四十七人の刺客
漁 灯/神威岬
ヰタ・セクスアリス/
私の森鴎外を求めて
津和野/脱 出
ふるさとの書林
石見文学散歩

閉じられた海図 古川 薫著 (1988年文芸春秋刊、1992年文春文庫刊)

 石見国浜田藩は6万石の小藩ながら、老中職に就く藩主・松平康任が賄賂をばらまき、藩の財政を困窮せしめた。その穴埋めのため、藩は海商会津屋八右衛門に密貿易を命じた。八右衛門は国禁を犯してルソン、ジャガタラへ渡り交易をするなど、浜田藩の興亡を賭けた男の壮絶な生涯を描く長編歴史小説。
間宮林蔵 吉村 昭著 (1982年講談社刊、1987年講談社文庫刊)

 間宮海峡を発見した謎多き探検家であり、また幕府の隠密でもあった林蔵の知られざる波乱の生涯を描く歴史小説。
この中で、林蔵が老中の密命をうけて日本海沿岸をたどって九州へ旅する途中、浜田藩内で密貿易を嗅ぎ付ける経緯が書かれている。
八右衛門の碑

●北前船で賑わった浜田港

 勇気と決断の石見人として象徴化されている 廻船問屋・会津屋八右衛門(1798〜1836)の活躍した外浦には、その頃21軒の廻船問屋があった。 また、外浦の日和山には天候や風向を観測する方角石が今も残っている。

●北前船(西回航路)

 北前船は、奥羽地方の年貢米を大消費地である大坂・江戸へ送るために、 寛文12年(1672)に河村瑞賢によって整備された「西回り航路」(日本海航路)を往来した廻船で500石以上(約50トン)の船をいった。
18世紀から台頭し、幕末・明治前半期には飛躍的に増加し、大正期の山陰線の開通で終息した。

●中国地方の寄港地

鳥取県 ・賀露
島根県 ・美保関、温泉津、 浜田、隠岐
山口県 ・萩、下関、室住
広島県 ・広島、尾道、鞆
岡山県 ・玉島、岡山

●浜田港での積み荷

扱芋(こぎお・麻皮)、干鰯(ほしか・肥料)・銑鉄・半紙・塩サバ・焼き物・生蝋・瓦・塩しいら

●浜田港での揚げ荷

米・塩・砂糖・種油・酒・大豆・干鰯(ほしか)・昆布・板類・大麦・七島藺(畳表)・そうめん・繰綿・小豆・鰹節