津 和 野   
塩見佐恵子著

脱 出   
有馬頼義著


石見文学散歩目次

女 優
花 神/浜田騒動
閉じられた海図/
間宮林蔵
女 優 X
終 焉
イルティッシュ号の来た日
七人の吉右衛門/
四十七人の刺客
漁 灯/神威岬
ヰタ・セクスアリス/
私の森鴎外を求めて
津和野/脱 出
ふるさとの書林
石見文学散歩


蕗の茶屋


 蕗の茶屋(写真)は主人公の住処でもあり、人形制作のための仕事場でもあり、なおかつ生業の場であった。
両作品ともストーリーはほぼ同じであるが、[津和野]は一人称で書かれており、主人公の心理が巧みに表現されていて心をうたれる。

蕗の茶屋 もうあれから4年くらいになるでしょうか?私は絶版になっている「脱出」を探すために津和野を訪れた。
まず殿町にある町立図書館に行ったが、係りの方もこの小説のことを知らなかったので、止む無く書架を探したが見つけることができなかった。
 仕方なく「蕗の茶屋」を捜し歩いて訪ねた。 珈琲を淹れてくれた女性に用件を話すと、古い「文芸春秋」を出してきて「内にもこれしかないんですが・・・」と言った。
やむなく島根県立図書館からコピーを取り寄せて、やっと手に入れることができた。

 両作品とも人形作家河津匂子(1965年死去)さんをモデルにかかれているが、有馬氏は66年の「津和野の鷺」、67年の「鷺の喪章」などの塩見氏の作品をもとに「脱出」を書いたと言われている。


人形作家の愛の軌跡

永明寺 著者は、この小説のモデルとなった生前の河津匂子さんと一度も面識がなかったという。いわば実像に接することなく、ただ思いの深さと想像力を駆使して書き上げた。主人公の高津夕子だけでなく、登場する異性たちもまた生活のにおいが淡い。それは夕子の一面、例えば女としての愛の軌跡クローズアツプすることによって、津和野という地貌を書きたかったのではないか。私は、河津匂子と出会った一人として、その時の印象から、そのよに解釈している。
 河津匂子さんの蕗の茶屋は、殿町通りから筋を一つ違えた小路にあった。看板がなければ見過ごしかねない、ごく普通の町家のたたずまいだった。店には人の気配がなく、わずかにテーブルといすが窮屈そうに並べてあった。 
 奥に向かって声を掛けると、初老の婦人が出てきて、私たちを客と見てとると申し訳なさそうに「いま、お客様を駅まで送りに行きましたので、すぐ戻りますが、お待ちいただけますか」と言って、乱れたいすを整えた。だれからともなく腰掛けて、あらためて店内を見ると、和紙で作られた傘や人形が、小さなガラスケースに置かれていて、紛れなく河津匂子さんが和紙人形の作者であることを示していた。
 それから十分余りもたっただろうか。表の引戸に音がして、ふらっと女性が入ってきた。手に二、三本の草花を持って、痩身に若草色の無地の着物を着ていた。店は一瞬にして生気が張り詰めた。  
 女性は軽く会釈して奥に消えると、初老の婦人と短く会話を交わし、再び店に顔を出した。はっきりとした目鼻立ちで、やや青白い肌が目に残った。注文を聞いて準備にかかる間、「お客様からのいただき物ですが、よろしかったら」と断りながら、菓子折を卓の上に差し出した。お待たせしたおわびということだった。特別のお客でもない私たちに、その日は店を閉めて、わざわざ案内してくれた。
 もう30数年も昔の出来事だが、印象は今も鮮 やかだ。その後の河津匂子は小説の夕子に化身して、まるで幻の花のように生きているのである。  (服部圭伺・俳誌「鷹」創刊同人)  [山陰中央新報・書評欄より]

紙人形 紙人形

 箱庭のような小さな町で、外の世界に憧れながらも囲われて生きなければならなかった主人公の鬱屈した短い人生のなかで、ただ一つ情熱を注いだ紙人形には主人公の子供への憧憬のような愛情が感じられる。