人麻呂の謎を訪ねて

柿本人麻呂の足跡

鴨島説と益田

鴨山説と浜田

江津と人麻呂

湯抱説と邑智

万葉歌人の選んだ
石見37名所


----- 「石見名所方角図解」より-----

石見名所方角図解  
 香川隆景(著名な石見歌人)・江川景憲撰で、1774年(安永3年)上梓された。古来より歌に詠まれた37ヶ所をその和歌と共に紹介した名所和歌案内である。
 この石見名所37ヶ所は、万葉集以来の石見の歌枕について、先学の論説をあげ、実地に踏査し考察した自説を掲げ、図絵を付している。

■ また、 那賀郡太田村(現江津市太田)の庄屋、石田初右衛門春律によって1817年(文化14)に書かれた、石見の代表的な地誌である「石見八重葎(むぐら)」の中にも収録されている。この地誌の13巻の1巻「美濃郡」では柿本人麻呂の伝記を特集している。

■ このたびアップロードした絵図は、これまで古文書として石見地方の民家や図書館などに散在していたものを、石見地方未刊資料刊行会が刊行した地誌「つのさはう石見八重葎」より転載(「つのさはう」とは石見に冠する枕詞)。殆どの絵図が海上の視点から描かれており、人麿の生きた時代も含めて描かれた当時も海上交通が主たる移動手段であったことを偲ばせる。

■ この37名所の「床の浦」(畳が浦)には、従来1872(明治5)年の浜田地震で海上に隆起したとされている国指定の天然記念物・畳が浦千畳敷がすでに描かれている。山陰中央新報の2002.9.11の記事によると、1845年頃作成され、浜田市下府町の民家に伝わった「唐鐘浦より嘉久志浦迄絵図」により俗説が否定されたとしているが、さらに遡ることになる。

伊勢雄潟

浜田市長浜の宝憧寺辺りの潟。

屋上山

邑智郡矢上の山。いま原山という。

石見川

江津市の江の川。

角の浦

江津市都野津辺の浦。

三階山

浜田市三階山。日月星を祭るゆえ、 三光の峰と称す。

三重の河原
みえのかわら

浜田市牛市町三重。

渡の山

江の川河口付近から望む邑智郡渡り村、甘南備寺の山なり。

高麻山

浜田市の大麻山。

鴨 山

高角浦の沖の鴨島(万寿地震により 沈没)。筆者は鴨島説をとっているが 人麻呂辞世の歌の故地には浜田城 山など諸説あり。

高角山

益田市高津。 人麻呂神社あり。

石川

美濃郡高角川(浜田市青川など諸説あり)。

比礼振峰

益田市乙子の比礼振山。

石見野

益田の東北、遠田辺り。

石見潟

益田市飯浦辺りの磯。

打歌山

美濃郡大道山(またの名・おほと山)。

日くらし山

美濃郡匹見町上波多の日晩山。

妹 山

鹿足郡津和野の青野山。

高田山

鹿足郡津和野の城山の後の高田。和泉式 部の屋敷跡あり。

不可志山

邑智郡井原、いま「こうもり山」という。

形見山

大田市三瓶山。

浮沼の池

大田市三瓶山の麓にある浮布池。

辛の浦

邇摩郡大浦。

辛の崎

邇摩郡宅野浦。

石見の海

「角のうら」(江津市都野津)の沖。

琴高の磯

浜田市唐金浦の東、畳が浦。 小竹島
ささしま
温泉津の内小浜村。片北浦の沖。

志津の岩屋

邑智郡出羽村岩屋。

稲 岡

邑智郡井原村魚切(断魚渓)。

床の浦

浜田市唐金浦。(畳が浦)

袂の里

浜田市生湯浦。人家より三丁東の 山際に池あり、和泉式部の古跡とか。

千江の浦

浜田市外浦湾

底干浦

高角浦の沖、鴨山鍋島なり。
佐奈津良の岡 浜田市波子

真若浦

美濃郡小高津中洲辺りの浦。

伎波豆久の岡

益田市木部の東、鎌手山の岡。

高倉山

那賀郡小長見より井野へ越す所に あり。

槙の浦

美濃郡小高津中洲辺りの浦。