人麻呂の謎を訪ねて

柿本人麻呂の足跡

鴨島説と益田

鴨山説と浜田

江津と人麻呂

湯抱説と邑智

万葉歌人の選んだ
石見37名所


荒波に寄りくる玉を枕におき われここにありと誰か告げなむ


[ あらなみに、よりくるたまを、まくらにおき、われここにあり、たれかつげなん ]

丹比真人(たじひのまひと)の柿本朝臣人麿の意(こころ)に擬(なぞら)へて報(こた)えたる歌一首

益田・鴨島説のポイント
  • 柿本神社縁起書や「松崎の碑」には、万寿の地震と津波で鴨島にあった柿本神社の神像が本土に漂着したともかかれている。
  • 人麿が刑死したとする鴨島は、益田市中須町沖にあったが、1029(万寿3)年の大地震で海中に陥没した。
  • 海底調査では、伝承通りの大規模な津波跡の地層が見つかったが、考古学的な確証は得られなかった。

人麿の死没年についての諸説(矢富熊一郎著「柿本人麻呂と鴨山」より)

慶雲4年(707) 43才 斉藤茂吉 石見国で流行病に斃れた
和銅2年(709) 45才 賀茂真淵、荷田信名、関谷真可禰、大島幾太郎 和銅3年3月には万葉集に臨死時の歌が配列(真淵)
和銅3年(710) 46才 武田祐吉
神亀元年(724) 60才 林道春、金丸常昭、釈顕常、藤原持豊、岡熊臣
天平元年(729) 65才 長井定宗

■益田の高津柿本神社、戸田柿本神社では、神亀元年(724)3月18日を忌日として、これを基に享保8年(1723)に一千年祭を挙行している。

高津柿本神社

 旧高津城跡にあり、石段を上り詰めると、変形春日造りの本殿と宝物館がある。境内の一角に万葉植物園がある。創建は724〜728年といわれる。

益田市高津町/0856−22−2133
石見空港から車5分
駐車場100台、八朔祭9月1日
戸田柿本神社
 益田市には柿本人麻呂の出生と死没にまつわる伝承が残り、二つの柿本神社に歌聖が祭られている。
市内中心部から西へ10キロ、戸田町は人麻呂の出生地といわれる。国道191号線から小道に入って間もなく、杉木立に囲まれた柿本神社がある。ご神体は木彫りの人麻呂老体像で、宝物の人麿童子像など7体は市指定の文化財。歴史を物語るように、境内には筆柿と枝垂れ桜の老木が根付いている。
 参道の南に50代続く宮司の綾部氏が住む。そばに「柿本人麻呂生誕地」の石碑と遺髪を埋めたという墓が立つ。碑の裏には地元に伝わる由緒を記している。「柿本氏は語り部(かたりべ)の綾部氏を伴って大和から石見に下り、のち綾部氏の娘を愛して人麻呂が生まれた。人麻呂は、都に上って持統文武両朝の宮廷歌人として活躍したが、老いて郷里に帰り鴨山で死没した」。
万葉植物園
 境内一帯を中心に広がる島根県立の公園で、153種類の万葉植物が植えられている。多目的休憩所や遊歩道、和風野外音楽堂などがあり、静かな散策コースである。