人麻呂の謎を訪ねて

柿本人麻呂の足跡

鴨島説と益田

鴨山説と浜田

江津と人麻呂

湯抱説と邑智

万葉歌人の選んだ
石見37名所


天離る夷の荒野に君を置きて 思いつつあれば 生けるともなし

[ あまざかる、ひなのあれのに、きみをおきて、おもいつつあれば、いけるともなし ] 作者不詳の一首

茂吉が探し求めた鴨山  

 大山隠岐国立公園・三瓶山のふもと島根県邑智郡邑智町湯抱は、歌人斎藤茂吉によって人麻呂終焉の地と定められた。「鴨山」を探し求めた茂吉は昭和12年、波多野虎雄青年の知らせで湯抱を訪れ、鴨山を発見した。鴨山を遠望する近くの丘には「人麻呂がつひの命ををはりたる鴨山をしもここと定めむ」と刻まれた茂吉の歌碑が立っている。
 三瓶山西の原にはロマンと伝説を秘めた浮布地がある。ここにも人麻呂が詠んだ有名な歌が残る。「君がため浮沼(うきぬ)の池の菱摘むとわが染めし袖ぬれにけるかも」 真正面に女性的な稜線の親三瓶と子三瓶。ひっそりとした湖面を見つめていると、遠い万葉の昔、人麻呂が恋人と池のほとりで遊んだ光景がタイムスリップしてくる。

■梅原猛著「水底の歌」より
 「斉藤茂吉の『鴨山考』が発表されて、誰よりも驚いたのは、地元石見の人々だったろう。
(中略)とにかく、何の伝承もない山村に、突然一人の男がおとずれて、ここで柿本人麿が死んだといったのである。普通の男のいうことなら、何をタワケタことをいうかと一笑に付すことが出来たであろうが、なにぶんそれを言い出したのは名声赫々たる歌人であり、その歌人はその説を著書にし、当代の学者、芸術家が異口同音に彼の卓説を激賞するにおいては、狐につままれたような気分であったにちがいない」・・・・・と批判している。
 


斎藤茂吉鴨山記念館

 
平成3年5月、湯抱温泉に近い国道375号線そばに斎藤茂吉鴨山記念館がオープンした。鴨山の探求に半生をかけた「昭和の歌聖」、茂吉の遺墨、遺品、著書など研究成果を展示、20年に及ぶ鴨山研究の足跡をしのぶことができる。
「鴨山」はここから約3キロ、湯抱温泉を過ぎて左手に入った女良谷にある。

開館時間:10:00〜16:00
問い合わせ:0855−75−1211邑智町教委


参考情報: 茂吉と鴨山